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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)930号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人倉金熊次郎の再上告趣意は末尾に添附した別紙書面記載の通りである。

辯護人倉金熊次郎の上告趣意第一點同第二點について。

按ずるに横領罪は、他人の物を保管する者が、他人の権利を排除してほしいままにこれを處分すれば、それによって成立するものであることは明らかであり、必ずしも自分の所有となし、もしくは自分が利益を得ることを要しない。第二審判決において認定した事実によれば、被告人は茨城縣真壁郡黒子村村農會會長在任中、業務上保管中の国所有の玄米百四十四俵及び茨城縣食糧營團所有の玄米三百十二俵を、正規の手續を經ないでほしいままに之れを特配名義の下に賣渡したというのであるから、横領罪を構成することは疑いない。論旨は、判示玄米は被告人の所有物として個人的に賣買したものでないと主張する。しかし原判決は「被告人は本來爲し得る行爲について單に其履行を誤ったものではなくして正規の手續を經て權限を授與されることなくして爲すべからざる行爲をなしたものである、換言すれば被告人は單に玄米特配の履行手續を誤ったものではなくして玄米特配の外形を借りて実は玄米を個人的に賣却したのである」と説示しているが、第二審判決の認定した事実に對する判斷としては正當であって何等違法は認められない。論旨は更に、本件の所謂特配は、被告人居村住民の窮迫した食糧不足を救濟し、農村の食糧増産義務履行を完遂せしめ、併せて農村一揆等の起るのを防止する爲め実行したもので、玄米賣渡代金は一錢も私しない全く公益性公共性を有するから、刑法領得罪を構成するものではないに拘わらず、被告人に對し有罪を宣告したことは憲法に違反すると主張する。しかし、すでに説明した通り、他人の物を保管する者が他人の權利を排除してほしいままに之れを處分すれば、横領罪は成立するのであるから、判示玄米を處分したことは村民救濟の爲であるとしても、犯罪の成立をさまたげるものではなく、また處分によって得た金錢は一錢も私しないとしても、横領罪が成立することは前段の説明によって明らかである。

なお論旨は、被告人の行爲は公益性公共性を有し犯罪を構成しない旨を力説するのであるが、右主張事実は第二審並に原審の肯定しないところであり、それは何等法則に違反したと認むべき點はない。そして罪となるべき行爲につき上告人が刑罰法令の解釋を誤り、該法規に該當せずとなし違憲の主張をすることは、本來單なる違法を主張するに過ぎないものであるから、裁判所法第一〇條、刑訴應急措置法第一七條にいわゆる違憲の論旨と認めることはできない。況んやこの點について論旨はただ原判決は、違憲であるというだけであって、憲法の如何なる條項に違反するかを主張しないから、再上告適法の理由とはなり得ない。次に論旨は、知事の還元配給中止命令は、被告人居村の最低限度の生活權を侵害したもので憲法第二五條同第九八條に違反するものであり、其爲め被告人居村住民の食糧が不足し其ままにして置くことができない状態に陥ったので、村民の最低限度の生活を維持する必要上特配を実行したのであって、判示玄米は被告人の個人的賣買ではなく、公益性公共性を有するから犯罪を構成するものではないと主張するが、かかる事実は、第二審判決において全く認めないところである。そして憲法第二五條第一項の法意は、国家は国民一般に對し、概括的に健康で文化的な最低限度の生活を營ましめる責務を負擔し、これを国政上の任務とすべきであるとの趣旨であって、此規定により直接に個々の国民は国家に對し、具體的現実的にかかる權利を有するものではない。(昭和二三年(れ)第二〇五號昭和二三年九月二九日大法廷判決參照)從って最低限度の生活を維持する爲めには、国及び縣食糧營團の權利を排除してほしいままに之れを處分しても罪とならないという理由は同條の解釋からは出てこない。そして第二審判決の判示したところによれば、被告人の犯行の違法性を阻却すべき原由となるものはないから、被告人の行爲を目して合法性乃至合憲性のものであるとはいい得ない。假りに知事の行政行爲が所論の如き違憲違法があるものとしても、それは他に救濟の道があるべき筈であり、之れを本刑事事件において再上告の理由となし得るものではない。要するに論旨は多岐にわたっているが、何れも採用することはできない。

よって舊刑事訴訟法第四四六條により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)

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